20代らしからぬ中年の風格と安定感をもつ、エンジニアチームのリーダー的存在。友達の結婚式、二次会の司会指名率No.1。タスクもトークもテキパキさばけるスゴイ奴。
これまでの人生を振り返ってください。
0歳~12歳
福島の大地でのびのび育つ
運動は好きだったけど、よく食べるわりに身長が低く体型は肥満気味
小学校3,4年生の頃にインターネットを触れ、
当時流行っていたゾイドの事がどんどんでてきてインターネットはなんてヤバイんだと興奮したのを今でも覚えている
13歳~18歳
中学校入学を機に、親父の地元に引っ越し
中学、高校は部活に精を出しITとは無縁の生活
ただ、大学の志望校をどこにするかという時期にインターネットの興奮が忘れられず
情報系の大学に進学しようと決意
19歳~22歳
福島県の会津若松市にある田んぼに囲まれたコンピューター理工学部という学部しかない大学に入学 始めてプログラミングを学ぶ
周りに遊ぶところが無いので、遠い所にいけると謳っていたよさこい部に入部し社会人になった今でも続けることになろうとは思わなかった。
そんなこんなでいくつか単位を落とすものの無事卒業
23歳~現在
面白法人を謳う変な会社に親に心配されながら入社
老け顔のせいか中途入社と思われていた模様。
自社サービス、クライアントワーク事業部を経て、現在はゲーム事業部でユーザーさんが毎日楽しく遊ぶ環境をユーザーさん以上に楽しく運用中!
必殺技は?
二日酔いでも遅刻しない
どんなに飲んだ次の日で、どんなに辛い朝でも遅刻はしない
飲み会の次の日は這ってでも会社に行きます そういう気概で飲んでます
なので飲みも本気です(笑)
カヤックに応募し、入社しようと決めた理由を教えてください。
カヤックをしったのはやなさんが大学に講演に来たのをきっかけに世の中には変な会社があるんだな と思い受けようと思いました。
だけど、 自分の場合、1回カヤックを受けて落ちています。
その時は、全然準備してなかったし、面談して頂いた庄司さんの視線の鋭さに更に怯え1社目だったというのもあり、ガチガチに緊張して何を言ったのか分からない状態でした。
普通ならそこで終了だと思うんですが、それから2、3ヶ月後また大学の授業の講演にやなさんがきました。
そこで、もう1回チャンスを下さいとお願いし再度面談をしてもらえることに
そこから何回か面談を重ね無事内定までこぎつけました
1回落ちてるけど内定でたのは何かの縁なのかなと思って今に至ります
座右の銘は?
何時だったのか、誰だっかもぼんやりとしか覚えていないですが、テレビで教授っぽい人が言っていた
「 できる事を証明するよりもできない事を証明するほうが難しい」
っていう言葉が自分の中ですごい大事な言葉になっています。
それを聞いた時に、すごい納得できて なんかやれそうだなって思うようになって今の自分ができてるんだと思います。