僕が英語をあきらめた日の話 | 面白法人カヤック

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2024.09.19

#面白法人カヤック社長日記 No.136
僕が英語をあきらめた日の話

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さて今回は、10年以上前の話をしたいと思います。

2012年、僕は「カンヌライオンズ」の審査員に選出されて、フランスのカンヌに行くことになりました。

カンヌ広告祭は、その年もっとも良かった広告作品を選出する世界三大広告賞のひとつです。
様々な部門があり、部門ごとに1国につき1人の審査員が世界中から選ばれ、各部門ごとは10人ぐらいの審査員がいます。
僕は、当時新設されたモバイル部門の日本代表の審査員として選出されました。

確かアジアの審査員は、日本人は僕以外では韓国の人が1人いたように思います。あとは欧米人ばかりでした。

そうなってくると、審査の過程は全て英語になることが想定されました。

実は、僕が審査員に選出された時に、まず最初に心配だったのは英語力でした。

何を隠そう僕は帰国子女ですが、英語力は大したことありません。
当時の自分の英語力で審査会の議論に参加できるとはとても思えませんでした。

というのも、それまでに日本国内の広告賞の審査員は何度か経験していたので、広告の審査会場でどんな話が行われるかは大体想像がついておりました。その経験から、かなり高度な内容の議論になるので、あの議論を英語でできるとはとても思えなかったのでした。

そのような心配の中で、過去に審査員をやった日本の方々の報告などを調べてみると、審査員に選出されてから実際に審査会であるカンヌに行くまでに、数ヶ月の猶予期間があります。そこで必死に英語を勉強したというようなことが書かれているブログなどもありました。ちなみに、ある先輩審査員はそのお陰もあって、数ヶ月でかなり英語力が上達したと書かれていました。でも、当時も仕事がマックスに忙しい中で、限られた時間で正直とても自分の英語力をそこまで上達させることができるとは思えませんでした。

そこで次に考えたのは、同時通訳者を一緒に連れて行こうというアイデアです。早速カンヌ広告祭の事務局に問い合わせてみました。

あっさり「それはダメです」と断られました。

特に理由は言われませんでしたが、会議室がそんなに大きくなかったのでスペースの問題もあったのだと思いますし、通訳者を介することで時間的なロスが発生する可能性もあるので会議を円滑に進めるという目的もあったのだろうと思います。

困りました。

ただここで、あることを思いつきました。その思いつきが可能かどうかを確かめるために、当時の一昨年前に審査員を務めた経験のあるPartyの中村さんに質問してみました。

「カンヌの審査会場にWi Fiは繋がりましたか?」

「繋がりましたよー」

とお返事いただきました。

そこで自分が考えたアイデアを出たとこ勝負で実現してみようと思いました。

それはこういうアイデアです。

フランスカンヌに、同時通訳者を一緒に連れて行く。そして審査会場近くのホテルに待機させておく。僕は審査会場でパソコンを開いて、Wifiに繋ぎ、会議中の会話をパソコンで拾って、ホテルで待機している同時通訳者の人に音声を流す。その場で同時通訳者に通訳をしてもらい、イヤホンをつけている僕に伝えてもらう。

という方法です。

怒られる覚悟でやってみようと思い立ちました。

もし機器のトラブルやWifiが繋がらなかったら、それはそれで観念しようと出たとこ勝負でフランスに飛ぶことにしました。

そして審査当日。

審査会場は、見事なまでの密室。窓もなし。しかも地下。
ただ、想定通りWiFiは繋がりました。

パソコンを開き、当時アマゾンで購入した会議の音声をひろうパラボナ的な形をした集約マイクを設置します。そして右耳だけイヤホンをします。

審査員は10人ぐらい。
早速会議が始まりました。

いきなり難しい議論が始まりますが、おおーーちゃんと同時通訳の人が伝えてくれるのでよく意味がわかる!!

ただこちらが何か話したい時はどうする予定だったのでしょうか。

それはSkypeを使って同時通訳にこういう発言をしたいというのをテキストベースで、チャットで送ります。(当時はSkypeが一般的でした)

そして発言の内容を英語に翻訳してもらって、それを読み上げながらあるいは耳で聴きながら、発言する。この方法だとちょっと発言がワンテンポ遅くなるのですが、なんとかこの方法で乗り切ることができました。

当時、確か審査の会議は1週間にもわたって行われていました。1日何時間と決めて、毎日会議室にこもって世界中から応募があった作品を見ながら、審査員たちが意見を言い合って、投票をして行くのです。

当然議論は英語なのですが、よくよく観察していると世界中から集まっている世界の審査員の中にも母国語が英語とそうじゃない国の人があり、どうしても母国語が英語じゃない人の発言は少なく、影響力も下がってきます。韓国の審査員の方は、ほとんど議論に参加していませんでした。ただ、議論に参加してないから意味がないのかというと必ずしもそういうことでもなく、審査員として1票の権利は持っています。最終的に賞を出す作品は投票で決めますので、投票という形で影響力を持つことはできるのです。

ただ、せっかくカンヌにまで言って何も議論に参加せず、投票に手を上げるだけではもったいない。どうせならちゃんと議論に参加して影響力を与えたい、そのための奇策が見事にハマりました。

では、そもそもなぜ影響力を出したいのでしょうか。それは一つに日本の広告作品を伝える援護射撃を自分がしなければならないという責任があるからです。

カンヌ広告賞は世界中から応募作品が集まります。応募数も多いので、審査員は全部の作品をしっかり見切れてないのが正直なところ。そんな時に母国の作品を母国の審査員が「この作品はこういうところが良い」とアピールする形で援護射撃することで、審査に明らかに影響を与えることができます。そういう意味でも日本の応募作品を理解し解説してあげることは、日本を背負った審査員としては、大事なミッションなのです。

ちなみに当時、とある有名な大御所クリエイターが、僕が審査員に選ばれたと聞いて「自身の応募作品を丁寧に事前に僕に解説したい」と言ってアポを取り話に来てくれたのを覚えています。
僕よりも何年も年配の大御所の方でした。

こういうことを丁寧にやっているからしっかりといろんな賞をとれるのだな・・・とその姿勢に学ばせてもらった記憶があります。

と、そんなこともあり、事前に僕は日本の応募作品を解説できるように勉強して審査会に臨みました。さらにもっと言えば、審査会にのぞむにあたって、審査員には事前にオンラインで数百の応募作品を見てくるようにという宿題が課されていました。

さすがにカンヌに来てから1週間あるとはいえ、それだけの作品数をその場で見るとなると時間が足りないからです。

宿題をまじめに守るメガネの日本人である僕は、しっかり他の応募作品も見て行きました。というのも、もし万が一自分の考えた同時通訳作戦が失敗した場合、せめて自分の意見を英語で言えるように事前にしっかりみてまとめておこうと思ったからです。

そんな感じでしっかりと宿題をこなして審査会に臨んだところ、びっくりしました。他の審査員の方は意外と事前に作品を見ていない。
審査員はみんな忙しい現場のクリエイターである方がほとんどなので、その場で見る前提で事前に見てきてなかったようです。

ちなみに、審査員の中にはあまり作品をよく見ておらず、投票する理由もただ自分が好きだから、嫌いだから。みたいな発言の方もいました。審査員に選ばれた人は過去に受賞歴のある優秀なクリエイターばかりです。だからこそそんな直感的な理由だけでも、いいといえばいいのでしょう。

かくして、どういうことが起きたかというと、僕が一番事前に応募作品をしっかり丁寧に見てきたので、パッと見てよくわからない作品は僕が解説を審査委員長に求められるという状況になりました。本当にこのメガネの日本人は、まじめだなと思われたのではないかと思います。

きっと僕のような勤勉なメガネの日本人たちが、「勤勉な日本人」という印象を世界につくってきたんだなと感じた瞬間でした。

ただそれにしても、よくこの同時通訳作戦に指摘が入らなかったな・・・と思っている方もいるのではないかと思います。

僕も当時そう思いました。

だって、審査会の間中ずっとPCを開きっぱなしで、おまけに耳栓をつけて、パラボナアンテナみたいなマイクをPCにくっつけて机の上に置いてるのです。なのになんで周囲の審査員たちはつっこまないんだろうと思ってました。

どうも気づいている様子がない・・・

で、なぜ気づかないのかを想像したのです。そこで至った結論が、そもそも英語が当たり前の人たちにとっては、そんなことまでして必死に英語力をなんとかしようと健気なことをするなんて、全く想像がつかないということなんだろうと思います。

なんかメガネの日本人が、アンテナつけてかちゃかちゃ作品を分析したり議事録をとってるなーぐらいにしか思わなかったんではないかと思います。
耳栓つけてるのも、目が悪いからメガネをつけているのと一緒で、耳が聞こえにくいんだろうなぐらいにしか思ってなかったんだろうなと。

情報強者は、情報弱者の気持ちがわからない。

実際そうなのかはわかりませんが、そんな風に解釈しました。

ちなみに、審査期間中、その日の審査会は大体毎日夕方ぐらいに終わります。そしてその後、夜な夜なアフターパーティタイムになるのです。ここには他部門の審査員も混ざって街全体がお祭りのようなパーティーになります。さすがきらびやかなカンヌです。

そのパーティ会場では、このメガネの日本人は、会議中は発言こそワンテンポ遅れるものの会議の内容に完璧についてきて、英語を理解している風なのですが、夜のパーティでの審査員同士の会話はなぜか中学生並みの英会話力に戻ってしまうのです。これはおかしな話だなと気づいてしまった人はいたかもしれません。

というお話です。

ちなみにこの経験を経て、もう英語とか勉強しなくても、これからはどうにかなるなと思うに至りました。
そしてあの時から10年以上たった今、当時とは比べ物にならないような技術がたくさん出てきています。今なら、ポケトークで十分なんじゃないかなと思います。

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