2023.04.14
#面白法人カヤック社長日記 No.117資本政策とは欲のぶつかりあいである【 面白法人が考える上場の話#03 】
年初の社長日記「2023年の社長日記の決意。 ひとつのテーマで12ヶ月続けます。」で宣言したとおり、2023年の社長日記は、1年を通して「上場」というひとつのテーマを考えていきたいと思います。
上半期は「上場準備とその過程」のことを、下半期は「上場をしてから」のことを書くことにしました。これまで「上場理由をいかにして決めるか(2月)」「社外取締役の選び方(3月)」について書いてきました。
今回のテーマは「資本政策」です。
資本政策は欲のぶつかりあい
資本政策とは、上場前後に関わらず企業経営においてどのようなタイミングで、どのぐらいの株数をいくらで発行し(すなわち資金を調達し)どのぐらい外部株主を増やしていくかという計画をたてることです。事業計画とセットで描きます。
上場までに必要な資金はどれぐらいなのか、そして、上場までに、誰に株式を保有してもらいたいのか。株主にはどのような期待を求めるのか。自分たちの保有する株式比率をどう推移させていくのかがその計画に盛り込まれます。
また「資本政策というのは不可逆的である」と一般的に言われています。これは、株主を増やしたり、企業価値である株価をいったん決めてしまうと、簡単には変更できないことを意味しています。
たとえば創業時、深く株価のことを考えずに、仲の良い友人や親類に株主になってもらったものの、軌道に乗り始めて上場を目指す段階になって、資本構成を見直したくなり、株式を買い戻すのに苦労するといった話も、決して珍しいものではありません。
あるいは、上場前の増資のタイミングで、高い価格にしすぎてしまい、そこから事業が想定していたほど伸びなかった。そのため逆に価格が下がって、株主を損させてしまったり、上場時の公募価格が想定より低すぎて、既存株主が納得しないなんてこともあります。
計画どおりに、適正価格と、適切な比率で株主を増やし、資本を追加していくということが、そもそも非常に難しいのです。本来株価というものは未来の価値を示しており、未来の事業計画が計画どおりいくことを前提に現在の株価が設定されています。調達のタイミングで、現在の株価を少しでも高くしたいと経営陣は考えますので、アグレッシブな未来の事業計画をたててそれを株価の根拠にしますが、実際は、事業がその計画のように伸びないなんてこともよくあることです。
こういった資本政策にまつわるトラブルの根底には欲が絡んでいることが多い。途中で、株主構成でもめるのも、高すぎる株価にしてしまうのも、さまざまなステークホルダーの欲のぶつかりあいです。創業者は自分が欲をかいていることに得てして気が付かないものなので、しっかり忠告してくれる人の意見を聞いた方がいいということをお伝えしたいと思います。
確かに資本主義そのものが、株主を含めて人の欲をドライブとして経済を成長させていく、その側面があるのは否めません。ですので、この資本主義が基盤の社会において成長の起爆剤である欲そのものを否定するつもりはありません。
肥大化した欲をつかった新たな仕組みができては、それが暴走し、その都度規制やルールが厳しくなる。その繰り返しが株式市場にはあります。たとえば、2014年にインサイダー規制が改正されました。それ以前は「上場会社の内部情報を知り得る特別の立場にいる者」、つまり会社の役員や社員が取引をしたときに罰せられましたが、その改正以降は、株価に影響を与えるような重要事実を知った会社関係者が、その公表前に他人に株式の売買を勧める行為も違法になっています。
カヤックの上場前の資本施策とベンチャーキャピタル
カヤックが第三者割当増資を実施したのは、上場前に一度だけ。つまりそれまでは創業者の3人で株式を100%所有しており、一度目の増資で初めて社外の株主が増え、次のタイミングで上場ということになりました。
引き受けてくれたのは3社です。サイバーエージェントから1億円、スタートトゥデイ(現ZOZO)から5000万円、グロービス・キャピタル・パートナーズから2億円出資してもらい、総額3.5億円の調達となりました。上場前においての増資はこの1回だけでした。
なぜこの3社にお願いしたかというと、まずサイバーエージェントは、カヤックとして参考にしたい会社のひとつでした。創業者であり代表取締役社長の藤田晋さんは、麻雀の強さと哲学もさすがで、経営のアドバイスをもらいたいと考え、出資をお願いしました。
前澤友作さん率いるスタートトゥデイ(現ZOZO)からも出資してもらいましたが、実はこの前に、上場前のスタートトゥデイにカヤックが出資させてもらっていました。そんなご縁もあって、出資をお願いしました。
グロービス・キャピタル・パートナーズは、いわゆるベンチャーキャピタルです。ここに出資してもらうことを決めたのは、GREEやメルカリなど多くのスタートアップを上場させた実績もありますが、決め手となったのは、やはり人です。キャピタリストの高宮慎一さんがカヤックの良き理解者だったため、社外取締役として参画してもらいました。
ひと言でベンチャーキャピタルといっても、さまざまな投資スタイルがあります。株式の数パーセントだけ保有して、経営にはタッチしないというところもあれば、ハンズオン、つまりベンチャーキャピタルの投資担当者が取締役会に入り、戦略の立案から実行までいっしょに推進する形を取るところもあります。高宮さんにはがっつりと取締役会に入って上場まで並走していただきました。
実は、当時カヤックの顧問をお願いしていた人からは、ベンチャーキャピタルを入れることに反対されました。ベンチャーキャピタルは、未上場のベンチャー企業の株式を取得し、上場時に株式を売却してキャピタルゲインを得るビジネスモデルです。最近では、上場前に会社をバイアウト(売却)することで利益を得る事例も増えていますが、基本的なエグジットとしては、上場を目指します。
彼らにしてみれば、投資先企業が上場して、高値をつけることで利益を上げるわけですから、上場に向けてサポートしたり、企業価値を高めるためのアドバイスをしてくれます。経営者とベンチャーキャピタルはこの点で利害が一致しています。
一方、上場時に株式を売却するというビジネスモデル上、上場して順調に成長するかどうかはあまり関係なく、上場時、あるいは上場直後の株価を最大化して、利益を確定するという力学が働きます。その結果、上場ゴールを生み出す一因となっているという指摘もあります(そのためか、最近では上場後も株式を売却せず、その後も引き続き成長をサポートすることを謳うところも出てきています)。
ベンチャーキャピタルを入れる必要はないと言った顧問は、このあたりを心配されたということなのだろうと思います。ただ、僕は、逆に上場というものをより深く理解したかったこともあり、上場会社を生み出すことを業(なりわい)とするベンチャーキャピタルと仕事してみたいなと思ったのです。実際に、彼らのおかげで理解が深まりました。
話を戻して、カヤックとしては、この3社から割当増資の1回こっきりで上場まで走るというシンプルな資本政策で上場することができました。ここを複雑にしなかったのはよかったと思っています。株主構成の比率で創業者がもめたこともないですし、上場時の公募価格でもめるようなこともなかったのも、それほど欲をかかなかったということが1つのポイントだったのではないかと思います。
公募価格と欲との関係
ちなみに、公募価格とは、上場時にいくらで投資家に売り出すのか、値付けすることです。
投資家にとって、それが安いと感じられれば、公募価格を上回る初値がつきますし、逆に高いと感じられれば、初値は公募価格を下回ります。自分の会社が株式市場でどのように値付けされるのかということに経営者は直面するわけです。公募価格をどのように設定するか、つまり株をいくらで売り出すのか、主幹事証券会社と相談して決めるのですが、正直、創業者としては、高い価格をつけたい心理が働きます。
公募価格に高値がつけば、資金調達金額を最大化できることはもちろん、上場前から投資してくれた人に報いることもできます。創業者がこのタイミングで自分の株を売り出すケースも多いですから、自分自身の資産にも直結します。
そうした算段的な理由とは別に、ゼロから育てた会社に高値がつくことは、単純に嬉しいですし、経営者として評価されたという気持ちもあります。また、CFOというこういった一連の自社の値付けや調達を組み立てる人間にとっても、できるだけ高い株価のところで調達をする方が、手腕を評価されるという印象があります。また公募価格と初値の間の開きもCFOにとっては大事です。上場時にあまりにも初値が高くついてしまったということは、適正な価格ではなかったということであり、ほんとはもっと調達できたのに・・・という、指摘をされることもあるからです。
公募価格の金額算定の根拠として、同じような業種の会社の株価を参考にしながらロジックを積み上げいくのですが、その過程で「あの会社がこれだけ評価されるなら、自分の会社だってこのくらい値段がつくはずだ」と時価総額をまるで通信簿のように考えてしまいます。思ったほど高い価格を証券会社がつけてくれなかったからという理由で、直前になって証券会社を変更するようなケースすらあります。
この時、出資者であるサイバーエージェントの藤田晋さんからもらった忘れられない言葉があります。
「株価にこだわりすぎるな。他社と時価総額の比較をするな」
藤田さんのアドバイスは、他人との比較に翻弄されて、失敗した事例をたくさん目の当たりにしてきた人だからこその言葉だろうと思います。まさに欲の話ではないかと思います。これは上場した後も大きな指針となりました。
それもあって、カヤックの公募価格は、証券会社とそれほど過激な交渉をすることもなく、あっさりと決まりました。精一杯背伸びをして高値をつけるよりも、その後継続して成長していくことで、最初に株主になってくれた方たちに還元したいという方針からでした。
ちなみに、我々創業者の保有する株式も、上場時にほんの少しだけ売却しましたが、その後も僕自身は市場での売出しはしておりません。
株価は未来への期待値ですので、期待されていないということは自身のIRやPR不足だと受け止める必要があると考えています。ただ、それでも、どこまでいっても会社自身ではコントロールできないことも多い。実力以上に期待されて高くなることもあれば、ほんとはもっと成長するので高い株価になっても良いはずと経営者が確信していても、そのようにならないこともあります。つまり、目先の数字に振り回されて自分を見失ったり、本質的な企業価値の向上がおろそかになってしまっては本末転倒だということです。
ちなみに、株価対策をしっかりしろ、という指摘が、とりわけ株価の低迷した会社では顕著になるものですが、株価を上げろという指摘と、株価対策をしろという指摘は似て非なるようなものです。
上場企業約4000社を見渡して、株価対策をしていなくても、さまざまな
要因によって株価が高く維持されている会社もあれば、一生懸命、IR資料を作って積極的にコミュニケーションをとっていても、なかなかあがらないというケースもみているとたくさんあります。特に上場時や直後は期待値だけで上がってしまうこともあるので、その基準をなかなか超えられない会社も多くみられます。
そのように考えると、結局は、しっかりと業績を上げることこそがまずは本質であり、そしてそれが未来においても成長するということを丁寧に市場に対してコミュニケーションをとっていくということしかないのだろうと思います。
カヤックとしては、市場に対するコミュニケーションはなるべく丁寧に取ろうと決算說明資料や、おまけ短信など、様々な工夫をしていますが、どうしても事業が多角化し、グループ会社も増えているので、どうしたらもっとわかりやすく伝えることができるか毎年のようにアップデートしつつ苦戦中です。奇譚なくご意見をいただければと思っています。
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このブログが書籍になりました! 特別対談「うんこの未来」のおまけつき。